ここ二年ほど、大合唱と言われる人数で歌う合唱団で複数歌っている。
でも、色々その団体で個性があって同じ大人数でも違っている。
その中にはいわゆる「肉食系」がたくさんいて、熱い思いを表現したくてうずうずしているようなメンバーがいるところもあれば、「羊ちゃん」がたくさんいて、メェメェ群れている(感じ)の団もある。
もちろん、私は熱いのが好き。だからと言って荒っぽくていいのかというとそうではないんだけど
よく言われる「出る杭は打たれる」的な発想の「目立つからそんなに歌わないでください」は嫌い。
”日本の合唱の悪いこところ”とうちの師匠は良く言っている。
(普通だと私も打たれちゃう方なので、、。)
でも、「打たれる」のは目立つからではなくて、
周りが「出してない」からなんですよね、大体は。
「出してない」と「出せない」は結果同じでも理由は違う。
出してない は、出せるのに目立つのが嫌(ダメだと思っている)から出さない。
出せない は、気持ちはあるけど技術的な問題。
ま、どちらにしても そういうメンバーの多い団は一緒に歌っていても面白くないわけです。
はっきり言って。
歌って、 音が正しくて言葉が書いてあるとおりに歌えれば 歌、って訳じゃない。
たとえ、大合唱でもそこには「表現したい」っていう何かが必要で、
それがあるからこそ熱い音楽にもなっていくんじゃないかしら。
外見だけ(音と言葉をはめこんでるだけ)の歌を歌ってて、面白いんだろうか。。。
最近、自分が声楽の勉強をしていて、ますます感じることです。。。
自分の歌だけではもちろん、つたないので、いろんな表現やテクニックが追いつかないのはありますが、
「こう歌いたい」っていうものは持って、向かっていきたいと思っています。
そう言う意味ではkの6月の演奏会は、私の「歌っていきたいもの」の先駆けになるものでもあります。
日本語で歌うことによって、どれだけ伝えることが出来るか。
私のやりたいものが少しでも伝わればいいなと思っています。。
「歌いたいもの・伝えたいもの」確かに、歌を始めてすぐにはそこまで考えれませんでした。
ただ、歌いたかったっていうのが私が声楽始めた動機でもありますし、今でもその気持ちは溢れています。
歌っていくうちに、やりたいものって見えてくるんですよね。
声帯ポリープを手術した頃は歌をやめようと思いましたが、
そこから再燃してしまった思いは、やっぱり消すことが出来ないようですね。。。(苦笑)
私は歌えなくなるまで、歌うしかありません。
・・・なんでこんな朝っぱらから書いてるんだろうと思われるでしょうが、この2週間くらいずっと悶々と考えていることだったので、スッキリしたくて書いちゃいまいた。
あくまでも、私個人の考え方ですけどね。
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